大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和52年(ワ)1849号 判決

原告 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 柴田政雄

同 鹿児島康雄

被告 株式会社東花園

右代表者代表取締役 倉持鍋男

右訴訟代理人弁護士 渡辺昭

主文

一  被告は原告に対し一三三万五一〇〇円及びこれに対する昭和五二年三月一九日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

(一)  被告は原告に対し二二七万五〇〇〇円及びうち一五四万円については昭和五二年三月一九日から、うち七三万五〇〇〇円については同年一〇月四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  被告

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

《以下事実省略》

理由

一  被告における退職金支給規定について

(一)  成立に争いのない甲第一号証の二(賃金規則)によれば、自己都合により退職した者に対しては勤続年限に応じ退職当時の基本給に一定の係数を乗じた退職金(支給基準額)が支給されることが認められるが、《証拠省略》によれば、勤続年限の算出にあたっては、被告設立以前の合資会社時代又は個人企業時代からの勤続者は被告設立以前の勤続期間も算入する取扱いであることが認められる。

(二)  前掲甲第一号証の二によれば、賃金規則四九条は、「退職金は在職中における本人の勤務態度業務実績を勘案して次のいずれかをきめこれに所定の支給基準額を乗じたものとする。」と定め、AないしE率の基準を設け、通常成績を有する者に対し支給基準額通り(C率)、特に成績優秀な者に対しその一三割(A率)、成績やや良好な者に対しその一一割(B率)、やや成績の劣る者に対しその八割(D率)、成績の極めて悪い者に対しその六割(E率)を退職金として支給することとしていることが認められる。これによると、一見被告が退職者につき個別に支給率を決定することにより退職金の額が決定されるものの如くであるが、《証拠省略》によれば、被告は、右の規定は一応の基準を定めたにとどまるとの前提の下に、従前の退職金受給者に対してはすべて勤務成績が普通であったとしてC率を適用する扱いであったことが認められる。かかる賃金規則四九条による退職金支給の実態に照らせば、被告においてA、B、D、E率のいずれかを適用するとの特段の意思表示をしない限り退職者はC率の適用を受け、前記(一)による支給基準額の退職金請求権を取得するものと解するのが相当である。

(三)  前掲甲第一号証の二によれば、賃金規則五一条は「左の各号の一に該当する者には退職金を支給しない。ただし勤続一〇年以上の者に対しては一、二、三項以外に限り特に事情を考慮して支給額の半額以下において退職金を支給することがある。一 懲戒解雇を受けた者、二 虚偽の理由を以って退職しようとし若しくは不穏当な手続きを以って在職中に他に就職運動をした者、三 退職に際し上長に反抗し他を煽動し又は社内秩序を乱した者、四 会社の承諾なく退職した者、五 社規社則を違反した者、六 不正、不都合な所為のあった者」と規定していることが認められる。

右退職金支給除外事由のうち本件において被告の主張と関連を有する五号及び六号を杓子定規に解すると、右各号該当行為(以下非違行為という)がいかに些細であっても、その従業員は退職金請求権を全く有しないこととされ、但書により基準額の半額以下が支給されることがあるに過ぎないことになる。しかも、但書による退職金支給も使用者の裁量にかかるところであるから、使用者による支給の意思表示がない限りたとい半額であっても従業員は退職金を請求し得ない結果となる。このことは退職金の賃金後払としての性格からはもとより、その業績報償的性格を加味して考察しても労働者にとって不当なものというべきである。そこで退職金請求権を発生せしめないような非違行為とは、他の支給除外事由のうち最も重いとみられる懲戒解雇の場合との対比において考察し、懲戒解雇に値するまでの必要はないがその態様、情状において相当程度重大なものであることが必要であると解するのが相当である。(因みに、本件の退職は、後記認定によれば、右支給除外事由のうち四号に形式的に該当することになる。しかし労働者は雇用期間の定めがない場合民法六二七条一項によりいつにても雇用契約解約の申入れをすることができ、その後法定の期間を経過することにより使用者の態度いかんにかかわらず解約の効果が生ずるものであるのに、使用者が退職(解約の申入)を承諾しない限り労働者が退職金を全く受領し得ないという制度を設ければ、労働者としては、雇用関係の継続を望まなければ退職金受給をすべて断念しなければならないという不合理な結果を招くことになるし、退職金受給を望めば不本意にも雇用関係を継続しなければならないことになり、そのことは契約期間を制限した労基法一四条の法意に反する結果を容認することにつながるのである。かかる観点から使用者の承諾のない退職者にに退職金を全額支給しないとする右四号の規定は労働法上の公序に反するものとして無効と解すべきである。)

二  以上述べたことを前提として原告の退職金請求権の存否について検討する。

(一)  原被告間に雇用関係が存していたがこれが終了したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、次の事実を認めることができる。

原告は昭和二三年七月頃当時東花園の商号で個人企業として貸植木業等を経営していた倉持鍋男に期間の定めなく雇用され、その後右東花園は倉持を代表とする合資会社、株式会社に改組されたが、原告は引続き雇用されていた。原告は昭和二六年八月頃倉持が他から賃借していた本件土地を借受け(この事実は当事者間に争いがない)、同地上に建築された建物に家族と共に居住し、その間倉持の援助と自己資金により増改築をした。被告はその後順次従業員の社宅を建築していたが、原告居住の右建物も古くなり、かつ原告の日頃の言動から原告も社宅居住を希望するものと思い倉持が原告に対し昭和四九年九月頃完成した社宅に入居し本件土地を明渡すよう求めたところ、原告はこれに応じなかった。原告が入居を拒否した理由は必ずしも明らかでないが、このことに加えて後に述べる中村水道店事件についての責任問題をめぐる争いから原告と倉持との間に感情的しこりが生ずるようになった。たまたま原告は持病である肝炎が悪化したので同年一二月二〇日からその旨の診断書を添えて届出のうえ欠勤し、その後昭和五〇年一月及び二月にも診断書を添えて届出のうえ欠勤したが、いずれもその都度倉持から社宅に入居するよう求められた。原告は前記のように倉持との間の感情的しこりに加えて再々社宅入居を求められるため被告との雇用関係を終了させることを決め、同年三月一四日「一身上並びに家庭の都合により退職したい」旨の退職届を持参して被告に赴き倉持に対しこれを提示して被告を退職する旨の雇用契約解約の意思表示をしたところ、同人は右退職届の受領を拒んだ。以後原告は被告に出社していない。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》この事実によれば、原被告間の雇用関係は原告の右解約の意思表示により昭和五〇年三月一四日から法定期間を経過することにより終了したものということができる。

被告は、原告による解約の意思表示(退職の申出)を否認し倉持が原告に対し同月一五日懲戒解雇の意思表示をした旨主張する。この点に関する被告代表者本人(倉持)の供述を検討すると、右主張にそう部分があるかと思えば、更にこの点につき念を押して質問されると「君は懲戒解雇だよと言ったように思う」というようにその内容が曖昧となり、また、懲戒解雇を告知したと称する時の状況についても「原告は何の抗議もなく引下った」とか「居合わせた事務員に聞こえたかどうかわからない」等といささか不自然さを感じさせる部分も存するのである。のみならず、成立に争いのない甲第一〇号証(倉持から原告に対し本件土地の明渡を求める別件訴状)によれば、懲戒解雇の時期は昭和五〇年二月である旨記載されていることが認められるし、《証拠省略》によれば、被告は原告に対し「昭和五〇年三月三一日付をもって懲戒解雇にした」旨の同年五月二九日付解雇通告書を発したことが認められ、これによると懲戒解雇の日付が被告の本件における主張と異なるのであり、何故に後日かかる書面を発送するに至ったかについては被告代表者本人尋問の結果によるも首肯すべき理由は見出しがたい。これらの事情を勘案すると、被告の懲戒解雇に関する主張は採用しがたい。

(二)  次に、原告に退職金支給除外事由に相当する非違行為があったか否かについて検討する。

この点は結局被告が主張する原告の懲戒解雇理由及びその情状に関する事実の存否にかかるのであるが、この点に関する双方の証拠としては原告及び被告代表者本人尋問が存すのみで他に裏付けとなる証言、書証がなく(但し二重就職に関するものを除く)、両者の供述には部分的に符合するものもあるが、その多くは水掛論に終始し、甚だ心証が形成しにくいものといわざるを得ない。

両者の部分的に符合する供述及びこれらから合理的に推認することによって認め得る事実は次のとおりである。

1  原告には酒乱の気があり、昭和三〇年代頃家庭内のいざこざから夫婦喧嘩となり、原告の妻が倉持の自宅に逃げ込み同人がこれを保護したこと、その他酒のうえでの警察沙汰、第三者とのトラブル等のため倉持に個人的に迷惑をかけたことがあったこと。

2  原告は昭和三〇年代頃取引先から貸鉢代金を受領しながらこれを着服費消したことが二回あり、その金額は一回につき一五〇〇円から二〇〇〇円であったが、いずれも返還していること。

3  昭和四八、九年頃原告が江北石油経営のガソリンスタンドに給油のため赴いた際来合わせていた江北石油の得意先から棕梠竹の注文を受けその代金として一万円を受領しながら棕梠竹を納入せず、また代金を着服し、後日江北石油からの問合わせでこの事実を知った倉持が原告を詰問したところ、原告はこの事実を認め、一万円を会社に納入したこと。

4  倉持は、被告の温室に設置してある暖房用ボイラーの騒音防止のため昭和四九年一一月中旬その移動工事を中村水道店に依頼したが、中村水道店が早急に工事に取りかからなかったので、たまたま巡回に来た他の専門業者に依頼してこれを完成したこと、その後に工事のため材料等を搬入しようとした中村水道店と被告との間でトラブルが生じたが、倉持としては、他業者に工事依頼をしたとき原告に対し中村水道店に工事中止を申入れるよう指示し後刻原告に確認したところ原告が中村に対しその旨伝達した旨回答したと主張し、これに対し原告はそのような指示を受けておらず右は倉持の責任転嫁であると主張し、これが前記社宅入居問題と相俟って原告と倉持の関係を悪化させる契機となったこと。

以上の事実のうち1は原告の酒乱に起因する家庭内のいざこざ等のため倉持個人に対し迷惑をかけたという関係で、しかも個個の事実については証拠上確定し得ないのであり、4は右認定の限度では原告の非違行為とまで認めることはできず、結局2及び3の横領が非違行為と認められるにとどまるが、いずれも著しく重大なものとはいいがたい。被告が懲戒解雇理由又はその情状として主張する他の事実についてはその存在につき心証を形成するに至らないものといわざるを得ない(特に被告側において強調し、かつ原告の退職に最も近接している欠勤中の他への就職の事実については、被告代表者本人尋問の結果によるも倉持自らがこれを確認したというのではなく不確実な伝聞に由来するのであり、《証拠省略》によれば、原告が他に就職したのは被告に対し解約の意思表示をした後であることが認められるのである)。

このように、証拠上認め得る原告の非違行為に著しい重大性は認めがたいのであり、加えて、前記認定のような非違行為及び酒の上での過ちを除けば、原告の日常の勤務振りに特に問題とすべき点はなく多忙の時は午前五時から午後一〇時まで勤務していたことは倉持もその本人尋問において認めるところであることをあわせ考えれば、原告には退職金支給除外事由に相当する非違行為は存しないものというべきである。

三  かくて、原告は自己都合退職による退職金請求権を有するものというべきであるところ、その勤続年限は前記一の(一)によれば、個人企業としての倉持に雇用された昭和二三年七月から起算すべきこととなるが、前記甲第一号証の二によれば賃金規則四七条の解釈上勤続年限は二六年、基本給に対する乗率係数は一三であると認められる。

そして、《証拠省略》によれば、原告の退職当時における基本給は一〇万二七〇〇円であることが認められるから、原告の請求し得べき退職金はこれに一三を乗じた一三万五一〇〇円である。もっとも、成立に争いのない甲第一三号証(昭和四九年一二月支給の賞与明細書)による賞与額から逆算して基本給を算出すると原告主張の額が得られるが、法により作成を義務づけられている賃金台帳に基づき基本給を認定するのが相当というべきである。

四  よって、原告の本訴請求は一三三万五一〇〇円及びこれに対する履行期後である昭和五二年三月一九日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、他を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松野嘉貞)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例